旧前田家本邸の洋館と和館
旧前田家本邸は、旧加賀藩主で前田家第16代当主の利為(としなり)が自邸として建てました。昭和4年(1929)に洋館が、昭和5年に和館が竣工しました。最初は洋館のみを建設する予定でしたが、のちに外賓のための施設として和館も計画されました。洋館1階は晩餐会を行なう重要な社交の場で、2階は家族の生活の場でした。
洋館の南には広大な芝庭が広がり、和館には茶室も備え、築山と流れに囲まれた回遊式の庭園が、趣を変えながらも有機的につながっています。
洋館での生活
洋館2階は家族の生活の場で、夫妻の寝室、家族団欒室でもあった婦人室、子供室などがあります。個室の間には浴室が置かれ、主人の書斎には電話や呼鈴が引かれていました。
1階は外交団や皇族を招くパーティーが催される社交の場で、地階厨房からダムウェーターで1・2階に料理が運ばれました。また地階から3階の洗濯室まで、暖房用のダクトがつながっています。
洋館での生活
前田利為(1885-1942)は、加賀百万石といわれる大大名、前田家第16代当主にして侯爵です。江戸期に上屋敷があった本郷に維新後も本邸がありましたが、関東大震災後に東京帝国大学と土地を交換し、現在の駒場を新邸と決定しました。本郷邸は広すぎて生活に向かないと考えた利為は、駒場本邸では質素な暮らしを望んだといいます。
設計に当たっては、建築委員会を開き、その決定を海外赴任中であった利為に報告し判断を仰ぐというやり方でした。
旧前田家本邸の設計者
旧前田家本邸の設計には多くの人がかかわっています。設計監督者は、東京帝国大学教授であった塚本靖(つかもと・やすし)工学博士です。実際の設計は、洋館が宮内省内匠寮工務課技師の高橋貞太郎、和館が帝室技芸員の佐々木岩次郎がしたと考えられます。茶室待合は木村清兵衛、暖房や電気設備の設計もそれぞれ専門の工学博士に依頼されました。
当時の日本における、最高の設計者たちが集められていたのです。
高橋貞太郎(1892-1970)について…
東京帝国大学を卒業し、内務省、宮内省の技師として活躍します。聖徳記念絵画館や学士会館、独立後は高島屋東京店などを手掛けています。
佐々木岩次郎(1853-1936)について…
京大工の名家に生まれ、大正6年に帝室技芸員となりました。平安神宮や浅野総一郎邸(現存せず)等も手掛けています。
旧前田家本邸の歴史
大正 | 15 | (1926) | 前田家(本郷)と東京帝国大学(駒場)と土地建物等を等価交換。 駒場本邸新築地鎮祭を行う。 |
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昭和 | 2 | (1927) | 洋館上棟。前田利為、駐英大使附武官に着任し渡英。 |
3 | (1928) | 事務所、育徳会、倉庫が完成。 | |
4 | (1929) | 和館上棟、洋館竣工。 | |
5 | (1930) | 和館竣工、前田利為帰国。 | |
17 | (1942) | 前田利為、ボルネオ方面軍最高司令官として戦死。 | |
19 | (1944) | 中島飛行機が土地と和館等を買収し本社とする。 | |
20 | (1945) | 連合軍に接収される。 24年に煎茶室を成巽閣へ移築復元。 |
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26 | (1951) | リッジウエイ連合軍最高司令官官邸となる。洋館を事務室、和館を住居として使用。 | |
31 | (1956) | 土地と洋館は中島源太郎等の所有となり、和館は国が買収する。 | |
32 | (1957) | 接収解除。駒場公園が国から都へ提供される。 | |
39 | (1964) | 土地と洋館を都が買収。 | |
42 | (1967) | 洋館が東京都近代文学博物館として開館。都立駒場公園開園。 | |
49 | (1974) | 和館の一部を無料休憩室とする。 | |
50 | (1975) | 公園と和館が目黒区に移管される。目黒区立駒場公園として開園。 | |
平成 | 3 | (1991) | 洋館が東京都の文化財に指定。 |
14 | (2002) | 東京都近代文学博物館が閉館。 | |
20 | (2008) | 和館等が追加指定され、名称を「旧前田侯爵家駒場本邸」とする。 | |
25 | (2013) | 重要文化財に指定され、名称を「旧前田家本邸」とする。 |
一口メモ
イギリスのカントリーハウスを思わせる外観。スクラッチタイルの壁と、張り出した車寄せにとんがり屋根の塔が印象的です。
南面のベランダの上をよく見ると、翼を持ったライオン像がいます。旧前田家本邸を見守っているようです。
晩餐会で最も重要な、大食堂。マントルピースはいわば「床の間」で、白大理石に彫りの深い唐草文様が特徴です。マントルピース上部の壁に張られた「金唐紙」は、ヨーロッパの装飾品のひとつである「金唐革」を模して和紙で作られたもので、大変貴重です。
家族の団欒の場でもあった、2階婦人室。このマントルピースは形・石材とも柔らかい印象で、葡萄唐草の浅いレリーフも優美です。グリルは小菊をモチーフにしています。
階段のある広間は、洋館でもっともドラマチックな場所です。階段上の透かし窓は、仏教的なモチーフである宝相華(ほうそうげ)唐草を取り入れています。各部屋の窓も、唐草文様やステンドグラスで飾られています。
旧前田家本邸では照明器具も見所のひとつです。照明吊元の天井レリーフも様々にデザインされています。天井換気口のグリル、玄関の引き手の金具などもチェックしてみましょう。
玄関やベランダにあるプランターに、前田家の家紋が入っています。和館の襖引き手にも同じ紋が入っています。