このページの本文へ移動

ホーム > 中世の多摩散策コース > 金剛寺

文化財めぐりコース

青梅散策コース(中世の多摩を歩いてみませんか)

金剛寺

金剛寺の青梅
都指定天然記念物 大正11年6月指定

写真

金剛寺の青梅

 JR 青梅駅から西へ750m 程向かったところにある金剛寺境内の本堂前に、「金剛寺の青梅」という1本のウメの木があります。

 伝説によると、平将門がこの地に立ち寄った際、馬の鞭としていたウメの枝を地に挿し、「我願成就あらば栄ふべし。しからずんば枯よかし。」と誓ったところ、枝は根を張り、葉を繁らせたため、将門は喜んで仏閣を建てたとされています。そしてこのウメが「金剛寺の青梅」だと言われています。

 ウメはバラ科の落葉小高木で、中国原産のものが奈良時代以前に日本に渡来し、広く栽培されるようになったとされています。通常、その果実は熟して落下します。ところがここのウメは、夏を過ぎても青いままなっているということで、そのことが「青梅」という地名の(いわれ)となったと言われています。

 なお、この現象は、植物学上で「稚態保留」と呼ばれるもので、稀に存在する現象だそうです。

金剛寺表門
都指定有形文化財(建造物) 昭和36年1月31日指定 昭和51年7月1日種別名変更

写真

金剛寺表門

 平将門がこの地に梅の一枝を挿し、根付けば一寺を建立するとの誓いを守って建てたと伝わるのが、青梅山無量寿院金剛寺です。寺名は遍へん照じょう金剛(空海の灌頂(かんちょう)号)にちなみます。

 将門の後裔を自称する三田氏の衰退後は、小田原北条氏の帰依を受け隆盛し、徳川氏からも朱印状が寄せられ20 石を与えられました。しかし天保12年(1841)に諸堂宇が焼失、わずかに表門と鐘楼が被災を免れたといいます。寺には「絹本著色如意輪観音像(けんぽんちゃくしょくにょいりんかんのんぞう)」(重要文化財(絵画))のほか、多くの文化財も存在します。

 表門は、明治初期に街区整理により現在地に移されました。一間一戸の四脚門で、切妻造、瓦棒銅板葺で、旧状を良く保っています。

 意匠的には妻面が見所で、大きな板蟇股(かえるまた)や、柱頂部の木鼻(きばな)拳鼻(こぶしはな)絵様(えよう)の特徴から17 世紀中頃の建築と考えられます。小規模ながら、和様を基調に、丸柱上下に(ちまき)(丸く(すぼ)めること。)を付けるなど禅宗様の要素も取り入れた作となっています。


金剛寺の公開情報

公開日 :
通年
公開時間 :
7:00 ~ 17:00
料金 :
なし