このページの本文へ移動

ホーム > 中世の多摩散策コース > 海禅寺境域

文化財めぐりコース

青梅散策コース(中世の多摩を歩いてみませんか)

海禅寺境域

都指定史跡 昭和11年3月4日標識 昭和27年4月1日史跡指定 昭和30年3月28日旧跡指定
昭和60年3月18日史跡指定 平成22年3月23日追加指定

 瑞龍山海禅寺は、多摩川を望む山麓に位置し、僧益芝永謙(えきしえいけん)寛正(かんしょう)年間(1460-65)に営んだ長勝庵と呼ばれる草庵が始まりといわれます。その後、この地の豪族三田氏の庇護の下、堂宇が整備され、長勝山福禅寺と称しました。代々三田氏の崇敬厚く、境内西側の山腹には歴代の三田氏を祀ったといわれる宝篋印塔(ほうきょういんとう)五輪塔(ごりんとう)の一群が残されています。

 永禄4~6年頃(1565 ~ 67)、小田原北条氏と対立した三田氏は、本城であった勝沼城を出て、当寺の後方の雷電尾根上に位置する天険の山城辛垣(からかい)城に居を移します。北条氏の攻撃で辛垣城は落城、三田氏は滅亡しましたが、この時に海禅寺の伽藍(がらん)も兵火で焼失してしまいました。その後、天正17年(1589)に再興され、2年後の天正19年には徳川家康によって15石の所領が安堵されています。この時、現在の寺名に改めました。

写真

海禅寺山門

 その境域は多摩地域の禅宗山岳寺院の典型例であり、現在も慶長17年(1612)建立の総門(青梅市指定文化財)や寛政5年(1793)再建とされる山門など、江戸時代の建築が残されています。

 多摩川を挟んだ対岸には、『新・平家物語』で知られる国民的人気作家、吉川英治記念館があります。後方には三田氏の終焉(しゅうえん)の地である山城、辛垣(からかい)城があります。

写真

三田氏供養墓


海禅寺境域の公開情報

公開日 :
通年
公開時間 :
6:00 ~ 16:00
料金 :
なし