このページの本文へ移動

ホーム > 八重洲散策コース > 常盤橋門跡

文化財めぐりコース

八重洲散策コース

4 常盤橋門跡

国史跡 1928年3月4日指定
写真

常盤橋門跡(国史跡)

 常盤橋門跡は寛永6年(1629)に東北の大名によって築かれた江戸城外郭門で、石垣を方形にめぐらせた「枡形門」と呼ばれる江戸城防御のための門の一つです。古くは外堀の正門であることから「追手口」、また浅草へ通じていることから「浅草口」などとも呼ばれていましたが、三代将軍家光によりこの名が付けられたといわれています。名の由来には『金葉和歌集』中の「色かへぬ松によそへて東路の常磐のはしにかかる藤波」〈巻第一〉によるという説、松の常磐(常葉)の様をかけて徳川(松平)が世の続くことを願ったという説などがあります。

 この門は奥州道へと通じており、田安門(上州道)・神田橋門(芝崎口)・半蔵門(甲州道)・外桜田門(小田原口・旧東海道)などと共に江戸城と街道を結ぶ要衝として「江戸五口」に数えられます。将軍家や水戸徳川家も利用する重要な門でした。

 この門自体は明治6年(1873)に廃止され、その後、石垣の一部は取り壊されますが、外郭門の中では最も残りが良い城門であるため昭和3 年に史跡指定されました。また、明治10 年(1877)にそれまでの木造橋を洋式2連の石造アーチ橋(通称 眼鏡橋)に架け替えられました。現存する東京最古の石橋です。この石造橋には「磐」の字を用いた「常磐橋」という名が付けられています。これは部首の「皿」が割れて縁起が悪いことからこの字にしたといわれています。

※東日本大震災で危険な状態となった枡形石組と石橋の復旧工事と常盤橋を明治10年の様子に戻す整備工事が行われており、現在は立ち入ることができません。ご了承ください。(平成29年度完成予定)