このページの本文へ移動

ホーム > 皇居散策コース > 江戸東京の中心に位置する常盤橋門跡

文化財めぐりコース

皇居散策コース

旧江戸城を紹介する資料

江戸東京の中心に位置する常盤橋門跡

国史跡 常盤橋門跡 昭和3年3月24日指定
千代田区教育委員会
写真

現在の常盤橋跡に架かる常磐橋(現在修理中)

写真

※重要文化財 旧江戸城写真帖「常盤橋門」東京国立博物館蔵

  近世最大級の城郭を誇る江戸城は、雉子橋門から時計回りに神田川に至る約14 ㎞の外堀がありました。このうち常盤橋門は、江戸城外郭の正門に当たり、良好に石垣が残る城門跡です。

  門の創設は慶長年間に遡り、現在見られる枡形石垣は寛永6 年(1629)に奥羽の大名によって築かれたものです。「江戸城外郭御門絵図」によれば、高麗門と渡櫓門を配置する枡形門で、門の前には木橋が架かっていました。2/3 の石垣が現存し、石橋修復工事により、その内部から3本一組の木杭による橋脚と橋台石垣が発見されました。

 明治時代の初め、東京の近代化の象徴として、城門に架かる木橋を石橋に架け替えられていきました。その中で明治10 年(1877)に小石川門の石垣石材を使って、二連アーチ石橋の常磐橋が架けられました。その特徴は、当時は珍しい歩車道分離で、白い大理石の親柱や花崗岩による路面、洒落たデザインの高欄手摺柵など、文明開化の面影を残した橋でした。架橋当時から錦絵や絵葉書などに登場する東京の名所となっていました。

 現在も、常盤橋門跡周辺は、日本銀行本店本館など近代の文化財とともに、江戸・東京の中心地として推移した地域を示しています。千代田区では東日本大震災による解体修理を行っており、様々な資料をもとに常盤橋門の形や創建当時の石橋の面影を取り戻す工事を行っています。

写真

旧江戸城の地形図